
今治市東村になる海松山真光寺は白鳳元年(672年)道昭法師によって開創された由緒ある古利です。
詳しい説明は境内入ってすぐの立て看板に詳しく書かれていました。
屋根の影が写って視にくいですがこちらをお読みください。(クイックすると大きくなります)

今回、このお寺を訪れた理由は前にご紹介した大舘氏明公にご縁のあるお寺であり、世田山から続く供養の為に来ました。
南北朝時代に入ると、南朝方の大舘氏明、篠塚伊賀守などの諸将が世田山に篭って府中を占拠し、失った勢力の挽回をはかった。
これを制圧せんとする北朝方の細川頼春は興国三年(1342年)七千の大軍を率いて伊豫に来攻し、府中拝志郷に入って、この真光寺に本陣をしきました。
炎天下の壮絶な攻防四十余日。
南朝勢も衆寡(しゅうか)適せず、ついに惨敗を喫し、大方の将兵は壮烈な討死を遂げました。
このとき、主将大舘氏明の首級はあげられ、この真光寺において首実検に供されました。

本堂になります。

本堂の東側には伊豫守護 大舘氏明公の供養塔があります。
石室の内部には、南北朝合戦ゆかりの地の祈願土砂ならびに祈願文、写経など百余巻が埋納されているらしいです。
首塚も近くにあるらしいのですが、何処にあるのか分かりませんでした。
無念の死を遂げた大舘公と南北両軍の犠牲者の武士達の御霊の供養を心から祈らせていただきました。

近くにあった説明の看板です。
帰ろうと思ったら心温まるものを見つけました。



どれも小さなものなので盗まれない事を祈りながらこの場を後にしました。
いらない心配であってほしいです。